「”た”につく点々は、ぬくもりの点」―おだがいさまセンター/FMが考えていること(前編)

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“遅れてもいいから、開局日は3月11日にしたい”

いいべ!:現在のセンターに移ってからは、すぐに放送開始できたんですか?

吉田:放送免許にも仮免許があるんですけど、ここの住所が確定したらすぐに県からスタジオを構える許可をもらって、スタジオは作れた。でも、仮免許がいくら待っても出てこなくて。おかしいなと思って確認してみたら、こっちが「何月何日に開局します」と言わないと免許が出ないという話で。「早く教えろよ!」と思ったんだけど(笑)…そこで私が、たぶん2月20日過ぎくらいだったんですけど、「じゃあ3月11日に開局したい」って言いました。
絶対無理だという声もあったけど、もう、遅れてもいいから開局日は3月11日で!と通した。そしたら8日に免許が届いて。震災からちょうど1年目に開局できたんです。

いいべ!:その日付、こだわってよかったですね。

吉田:そのとき「私は絶対なにか持ってんな!」と思ったんです。それまでいろいろな紆余曲折があっての3月11日だから。もし、もっとすんなり事が運んでたら、そんな日に開局しようという話にすらならないですよ。

 

おだがいさまセンター

おだがいさまセンター

吉田:「アンテナを立てる電信柱がない」とか、他にもいろいろ問題もありました。電気設備まわりをやってくれたのが仙台の会社だったんですけど、仙台では当時、電信柱の手配ができなかったんです。津波で流されたせいで電信柱の需要がすごくて、在庫自体がなくて。で、ここの建物を建ててくれたのが会津の業者さんで、彼らが「自分たちに立てさせてくれ」と言ってくれて。新潟から電信柱を持ってきてましたね。彼らにお願いしてなかったら、3月11日には開局できなかったです。

あと、うちは臨時災害FMと言っても、かなり微細な電波でやってます。でも、当時の町長がタブレットを町民に配ったんですね。ネット環境があれば、全国どこでも富岡町の放送を聴けるようにしてくれたんです。

 

震災の非常事態の中で、奇跡的に立ち上がった「おだがいさまFM」。インタビュー後編では、おだがいさまセンターやFMが、周囲の人たちにとって今どのような役割を担っているのか、さらに聞いていきます!