「”た”につく点々は、ぬくもりの点」―おだがいさまセンター/FMが考えていること(前編)

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郡山市富田町若宮にある仮設住宅。その敷地内に「富岡町生活復興支援センター」がある。通称「おだがいさまセンター」と呼ばれるその施設の中に、「おだがいさまFM」という小さなFM局がある。実際に訪れてみるとわかることだが、FMのスタジオとしては、なんとも独特。この雰囲気はいったい、どこからきているのだろうか。パーソナリティとしても活躍する吉田恵子さんにお話を伺った。

 

いいべ!郡山(以下、いいべ!):「おだがいさまFM」は、どうやって発足したんですか?

吉田恵子(以下、吉田):2011年に震災があって、3月16日にビッグパレットに富岡町から避難してきたんですけど、私たちは社会福祉協議会という団体なので、避難民の人たちに対してのアクションとして「災害ボランティアセンター」を立ち上げたんです。
郡山市内のセンターは、本来は郡山市が立ち上げますけど、私たちの場合は例外的に「避難先であるビッグパレット内で運営する」災害ボランティアセンターという位置づけで、5月1日に発足しました。

最初、センターとしての仕事をそこでやっていたわけですが、何日かしたときに、県から派遣されてきたある職員が突然「ラジオやっぺ」と言ったんです。私は、心の中では、できるわけないと思ってたんです。
でも、支援物資の中身を見てみると、トランジスタラジオがいっぱいで。突然避難してきた人たちばかりなので、それこそ老眼鏡もない。普段「みでやっぺ」という情報誌を作って配布しているんですけど、それはかなり大きい文字で印刷されているんですが、それでも読めないという声も多かった。ビッグパレット内の放送でいろいろ案内は出していたけれど、やっぱりみんなが情報を共有できる仕組みだったり、一斉に聴けるという環境があるといいなと思い始めたんです。で、それはラジオなのかなと。

 

コンパクトにまとめられたスタジオ。

コンパクトにまとめられたスタジオ。

吉田:ある日、ふくしまFMの番組にセンターのスタッフが出たことがあって。放送終了後にふくしまFMの人が御礼に来たんですね。で、例の県の職員とは知り合いらしくて、「何でもできることがあれば言ってください」とその人が言ってくれたんです。そしたらその県職員が「じゃ、ラジオ」と言った。

で、その人が会社に帰って、こういう話が出たと話してくれたんです。その報告を受けたふくしまFMの人たちが、「じゃあやろうよ」と反応してくれた。
なので、放送機材の選定とか、セットアップとかはふくしまFMの人たちがやってくださって。こちらは機材を購入するだけで。そうやって、ビッグパレットの中ではじまったんです。私はそれまでは普通に社会福祉協議会にいたので、今の状態は信じられないというか、いまだに「なんでだろう?」と思うこともあります。

いいべ!:しゃべる仕事にはすぐに慣れていったんですか?

吉田:実は、小学校5年生から高校3年生まで放送委員会にいたので、校内放送をずっとやっていたんです。でも、それだけ。放送に携わる仕事に就きたいとか思ったこともない。まあ、放送機器の前でしゃべることに関しては、そんなに苦ではなかったですけど。