【インタビュー】郡山の誇る伝統工芸品「張り子」の可能性と、新たに完成した工房について聞いてみた!―橋本彰一さん(後編)

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震災を体験し、抱いた「自分に何かできることはないか?」という思いから、身近な「だるま」を使っての復興支援活動を行った彰一さん。そんな彼にある日突然、元プロサッカー選手の中田英寿が代表を務めるプロジェクト『REVALUE NIPPON PROJECT』からの誘いが。

 

彰一 :中田さんはサッカーを引退後、日本のものづくりや伝統工芸を活性化させるプロジェクトを始めていて。その話をたまたまニュースで見たんです。自分も関われたら、何か面白いものつくれるかな?とそのときは思ってました。
そしたら、そのあとちょっとしてから本当に話が来たんです。最初は半信半疑ですよね。新たな詐欺なんじゃないかとか思いながら(笑)、まあ、もし本当の話だったらぜひ参加したいと返事しました。

3日後くらいに、まずマネージャーさんがプロジェクトの説明をしに来たんですけど、そこでもまだ半信半疑でした。本人がいなかったし。「前向きに検討します」とは言いましたけど。
その後しばらくして「橋本さん、ちょっと東京に来てくれませんか?」と電話が来て。チーム制でものを作るので、その最初の打ち合わせをしに行きました。

僕のチームは、ファッションデザイナーのNIGO®さん、インテリアデザイナーの片山正道さんとかがいらっしゃったんですけど、失礼ながら、僕は誰のことも知らなくて…場所は片山さんの事務所だったんですけど、遅刻して最後に来たのが中田さんだったんです。で、そのときにやっと「本物だ、ホントの話だ!」と思って(笑)。「よーし、やったるで!」という感じになりましたね。
その時にシロクマのはく製を見せてもらって、結果的に等身大のシロクマの張り子を作ることになったんです。

『REVALUE NIPPON PROJECT』で、彰一さんが制作したシロクマの頭部(レプリカ)。

『REVALUE NIPPON PROJECT』で制作したシロクマの頭部(レプリカ)。

「張り子が、こういう方向に行ってもいいんだな」

彰一 :中田さんの考えは、「日本の伝統工芸、ものづくりは世界に誇れるのにまだまだ評価されていない。それを、いくら職人さんに頑張れと言ったところで難しい。異業種の人とコラボレーションすることで、画期的ななにかをつくれるのでは」ということだったんです。
他のチームも、放送作家の小山薫堂さんとか、建築家の隈研吾さんとか、森美術館の館長の南条さんとか、有名な人たちばかりだったんですね。でも残念ながら私は、NIGO®さんのことすら知らなかったんですよ…。

いいべ!:でも、そういう感じのほうが、そういった著名な方々に逆に面白がられたりとか、しませんでしたか?

彰一 :そうかもしれないですね。先入感が全くなかったんで。もしどういう方々なのか知ってたら、固くなって、思い切ったことができなかったかもしれません。
その年の11月に大阪のホテルで、プロジェクトのパーティーがあったんです。展示した作品を、出席した人に向けてオークションをかけるようなすごく豪華なパーティーだったんですけど、そのときに出された作品の中で、僕らのシロクマの作品が一番高値を付けたんです。
「張り子が、こういう方向に行ってもいいんだな」と思った。自分にとって大きな可能性を見いだすことができて、自信がつきました。2011年はそういう年でしたね。本当にいろいろな感情が渦巻いた年でしたけど、そのシロクマの体験がなかったら、もっとすごく不安な思いをしていたと思います。

福島って、いままでもいろいろ努力しても、なかなか観光客が増えなかったりしてたわけじゃないですか。でも、震災や原発事故で世界中にその名を知らしめてしまった。きっかけは悪いんだけど、ピンチはチャンスに変えていかないとと思いますよね。僕のやっている張り子は、和紙を使って、あまり世界にも見られない技法で作っている品物です。これを日本の代表的な工芸品としてアピールできないかと思っているところなんです。これから世界に向けて、張り子の可能性を発信していけたら、と思っています。

希望者を集めて随時、行っている張り子教室。

希望者を集めて随時行われている張り子教室。