【インタビュー】郡山の誇る伝統工芸品「張り子」の可能性と、新たに完成した工房について聞いてみた!―橋本彰一さん(後編)

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インタビュー前編からの続き)高校の教員を退職後、数年間苦労して張り子づくりの仕事を覚えた彰一さんに2011年、大きなターニングポイントが訪れます。インタビュー後編は、そこからお話を伺います!

 

張り子職人としてなにかできることはないのか?と考えたとき、「オレは、だるま職人だよな」と思ったんです。

橋本彰一さん

橋本彰一さん

いいべ!:2011年に状況が変化したとおっしゃいましたけど、その時の話を詳しく伺ってもいいですか?

彰一 :地震が来たとき、幸いにもここは被害はあまりなかったんです。張り子も、落ちても壊れたりとかはなくて、1時間もあれば全部元どおりでした。ライフラインも異常なかったし、落ち着いてさえいれば大丈夫で。そのあとの風評被害のほうが苦しみましたね。

震災直後、いろいろな方がいろいろな形の復興の応援をしていて。自分も張り子職人としてなにかできることはないのか?と考えたんですけど、そのとき「オレは、だるま職人だよな」と思って。
だるまには「祈願する」意味があるので、復興のシンボルとして「復興祈願だるま」というのを作りました。だるまに寄せ書きをしてプレゼントする習慣もあるので、いろんな人から応援メッセージをそのだるまに寄せ書きしてもらおうと考えました。4月から6月は、物産展とかいろいろ誘っていただいて、復興祈願だるまを持って行きました。

復興祈願だるま

復興祈願だるま

そのときに「全日本だるま研究会」という人達との出会いがあって、彼らから「7月8日はだるまの日なんだよ」と教えてもらったんです。「七転八起」の語呂合わせなんですけど。すぐに、7月8日にデコ屋敷で復興イベントをやろうと計画しました。結局その年は3日間だるまの日をやりました。前日が七夕で、願い事するにもいい日取りなんじゃないかと思って。
福島県ってだるま作ってるところが多いんです。だから全日本だるま研究会の方々の協力を得て、県内4か所のだるま生産者に来てもらい、だるま作りで被災地を応援する「だるまサミット」みたいなこともやりました。以来「だるまの日」は毎年続いています。